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<title>次代を担う子ども達のために</title>
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<description>子ども達に今一番必要なのは、『親になるための教育』だと思います。すなわち、「将来きちんと子どもを育てられる親」にしてあげることこそ、 教育の根幹とすべきです。</description>
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<title>教師の力</title>
<description> 　　「百人の優秀な教師も、良き親一人にかなわない」―。これは、ある講演会で聞いた言葉です。家庭教育の大切さを示した、実に説得力のある言葉です。　　　　なるほど、我が子を誰よりも慈しみ、かつ養い育て守っているのは親でしょう。我が子から、誰よりも信頼されているのも親でしょう。教師といえども、その足元にも及びません。そういう意味では、子どもの人生にとって親が　『百や千』　なら、教師は　『十』　が精々なの
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<![CDATA[ 　　「百人の優秀な教師も、良き親一人にかなわない」―。<br />これは、ある講演会で聞いた言葉です。家庭教育の大切さを示した、<br />実に説得力のある言葉です。<br /><br />　　<br />　　なるほど、我が子を誰よりも慈しみ、かつ養い育て<br />守っているのは親でしょう。我が子から、誰よりも信頼されているのも<br />親でしょう。教師といえども、その足元にも及びません。<br />そういう意味では、子どもの人生にとって親が　『百や千』　なら、<br />教師は　『十』　が精々なのかも知れません。<br /><br /><br />　　しかし、教師のその　『十』　というのは、親兄弟にも友人にも<br />成し得ない　『十』　であり、時には子どもにとって絶対に必要な<br />『十』　であり、しばしば人生を決定づける　『十』　であることを、<br />我々大人は （何よりも教師自身が）　知らなければなりません。<br /><br /><br />　　そういう意味では、その　『十』　については、<br />「百人の良き親も、優秀な教師一人にかなわない」　のではないでしょうか。<br /><br /><br />　　私が今日あるのは、もちろん父母のお陰です。しかし、<br />「あの先生がいなかったら、今の私はありえない」　という恩師が<br />少なからずいることも確かです。尊敬と感謝に値する恩師に<br />出会えたことは、私にとって　「人生の財産」　となっています。<br /><br /><br />　　学校教育で大切なことは色々あるでしょうが、<br />最も大切なことは　『教師の力』　だと思います。それは、<br />教師自身の　「教育への真摯な情熱と卓越した能力」、そして<br />「子ども達への深い愛情」　に他なりません。<br /><br /><br />　　言い換えれば、信念と責任を持って、きちんと誠実に指導できる<br />教師でしょう。時には人生や生き方を語り、その手本を自ら示してくれる<br />教師でしょう。そして子どもに寄り添いながら、子どもの<br />「心と身体と学力」　の成長を、我がことのように喜ぶ教師でしょう。<br /><br /><br />　　だからこそ教師は、『教師の力』　を自覚し磨き、かつ発揮しなければ<br />ならない。親と地域と行政は、教師が力を発揮できるよう、<br />ひたすら応援し、助けなければならない。子どもが学校に通うとは、<br />そういうことだと私は思うのです。<br /><br /><br />　　「教師は、子どもの教育に対する支援者に過ぎません」　と、<br />私に言った校長先生がいました。謙遜の意味をこめて言ったのは<br />承知しているのですが、私は思わず次のように反論しました。<br /><br />　　<br />　　「学校に来て、絵本読み語りをしている私達こそ支援者です。<br />　　　でも、教師は違いますよ。なぜなら、支援者に過ぎない教師を、<br />　　　いつの日か　『恩師』　と呼ぶ者などいません」―。<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００９．１１．１４）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /> <br /> ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2009-11-15T21:19:46+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>親不孝だけど・・・</title>
<description> 　　私が高校生だった頃、同級生が病気で亡くなりました。さらに社会に出て間もない頃、大学時代に同じ寮で共に学んだ親友が交通事故で死にました。二人の通夜の席で見た、気も狂わんばかりに嘆き悲しむ両親の姿を、私は今でも忘れられません。　　親なら誰もが、「子どもには立派な人になって欲しい、幸せになって欲しい」　と口にします。しかし、心の中では「生きていてくれさえすれば、それでいい。せめて親より先に死ぬな」―
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<![CDATA[ 　　私が高校生だった頃、同級生が病気で亡くなりました。<br />さらに社会に出て間もない頃、大学時代に同じ寮で共に学んだ<br />親友が交通事故で死にました。二人の通夜の席で見た、<br />気も狂わんばかりに嘆き悲しむ両親の姿を、私は今でも忘れられません。<br /><br /><br />　　親なら誰もが、「子どもには立派な人になって欲しい、幸せに<br />なって欲しい」　と口にします。しかし、心の中では<br />「生きていてくれさえすれば、それでいい。せめて親より先に死ぬな」―。<br />私は若い二人の通夜を通して、それが親の本当の願いだと教わったのです。<br /><br /><br />　　そして自分が親になった今、それは確信となっています。息子達には<br />「親より先に死ぬのは最大の親不孝」　と、ことある毎に伝えてきました。<br /><br /><br />　　さらに小中学校から授業や講演を依頼されても、「この世に生まれた時、<br />周りの人が笑顔になる。それが、君達の生まれてきた最高の価値。<br />そして二番目の価値は、親の死に水をとることだよ」　と、児童生徒に<br />語り続けてきました。<br /><br /><br />　　ある時、私の診療所に通院している “おばあちゃん” が、<br />次のような話をしてくれました。<br /><br />　　「私の息子は親不孝だ。40代という若さで亡くなって、死に水を<br />　　　親の私にとらせたんだ。おかげで孫は元気がなくなって、<br />　　　中学時代はほとんど不登校だった。せっかく入った高校も、<br />　　　数ヵ月で行けなくなって中退した」<br />と言うのです。そして、<br />　　「でも霞城学園に入り直してからは、毎日、学校へ行ってくれた。<br />　　　大好きな先生がいるからと言ってね。私は、孫が元気に学校へ<br />　　　行ってくれるだけで有り難いと思ったよ。だから、その先生と神様に<br />　　　感謝してるんだ。だって元気な孫は、希望だもの」<br />と、涙ながらに語ってくれました。<br /><br />　　　<br />　　この春、その県立霞城学園高校 （山形市） の教頭先生が病気で<br />亡くなりました。葬儀の席で悲嘆にくれる年老いた両親の姿に、<br />私は慰めの言葉も見つかりませんでした。<br /><br /><br />　　その帰り際、私にそっと声をかけてきた人がいました。なんと、<br />その “おばあちゃん” です。孫が付き添っていたので、私はピンときました。<br />孫が話していた霞城学園の大好きな先生とは、その教頭先生だったのです。<br /><br /><br />　　両親より先に死んだ教頭先生は、本当に親不孝です。<br />でも先生は、希望を残されましたね。<br />きっと、数えきれないくらいの希望を残されたのでしょうね―。<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００９．９．１２）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2009-09-14T00:07:10+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>人を学ぶ</title>
<description> 　　小中学生の集まりで　「尊敬する人物は？」　と尋ねると、両親・教師・友人を挙げる子どもが実に多いのです。その理由は、「育ててくれているから」、「やさしく話を聞いてくれたから」、「困っていた時に手伝ってくれたから」―。　　両親を尊敬してくれるのは嬉しいのですが、自分に何かをしてくれたから尊敬するというのでは、感謝と尊敬が一緒になってはいないでしょうか。だとしたら、直接は自分に何もしてくれていない歴
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<![CDATA[ 　　小中学生の集まりで　「尊敬する人物は？」　と尋ねると、両親・教師・友人を<br />挙げる子どもが実に多いのです。その理由は、<br />「育ててくれているから」、<br />「やさしく話を聞いてくれたから」、<br />「困っていた時に手伝ってくれたから」―。<br /><br /><br />　　両親を尊敬してくれるのは嬉しいのですが、自分に何かをしてくれたから<br />尊敬するというのでは、感謝と尊敬が一緒になってはいないでしょうか。<br />だとしたら、直接は自分に何もしてくれていない歴史上の偉人など、<br />子ども達の尊敬の対象にならないのも無理はありません。<br /><br /><br />　　しかし、それで良いのでしょうか。むしろ、「あんなふうに生きたい」　と<br />思わせる人物こそ、私は子ども達の尊敬の対象であって欲しいと思うのです。<br /><br /><br />　　私の中学時代、歴史を教えてくれた先生は、偉人の生涯を詳しく語って聞かせる<br />授業が得意でした。具体的には、諸葛亮孔明、石田三成、西郷隆盛などの人生に<br />ついて、彼らがどんな事件や人物に遭遇し、それらをどう考え、どう対処していったかを<br />延々と語る授業です。そして孔明に涙し、三成を讃え、西郷のように生きろと<br />言うのです。<br /><br />　　<br />　　思えば、その先生のおかげで、吉川英治や司馬遼太郎などの歴史作家を<br />好きになったような気がします。そんな恩師の口癖が、まさに　「人を学ぶ」　でした。<br /><br /><br />　　社会に出て三十有余年。<br />私は、それこそ数多くの素晴らしい人に出会いました。例えば、<br />明るく温厚で慎み深く、誠実で礼儀正しい人。<br />親切で感謝の心に満ち、誰からも慕われている人。<br />困っている者がいれば助け、弱い立場の者をいたわり、道に外れたことを嫌う人。<br />責任感が強く、情熱と志に燃え、皆のために労苦を厭(いと)わない人。<br /><br /><br />　　そんな彼らの人柄や生き方に啓発され、恥ずかしくない自分でありたいと<br />我が身を律してきたからこそ、今の私があるような気がしてなりません。<br /><br /><br />　　残念ながら少年時代は、そういう立派な人に出会う機会は少ないでしょう。<br />いや、出会っていても気がつかないかも知れません。<br /><br /><br />　　だからこそ、子ども達には伝記をいっぱい読んで欲しいのです。<br />価値ある人柄や生き方に感動し、それらを心に刻みつけながら、<br />成長して欲しいと思います。<br /><br /><br />　　子どもの頃から人を学ぶ喜びや大切さを知っていれば、社会に出てからも<br />自分を磨いていくでしょう。少なくとも、卑劣・不条理な行為に手を染めることは<br />ないでしょう。<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００９．７．１８）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2009-07-19T04:20:06+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>立派な人に</title>
<description> 　　文部科学省の全国学力・学習状況調査によれば、「自分には良いところがあると思いますか？」　という問いに対して「当てはまる」　と回答した児童生徒は、２年連続、全国・山形県ともに小学生は約30％、中学生は約20％に過ぎませんでした。　　さらに&amp;#12854;日本青少年研究所による日米中韓４カ国の最近の調査では、「自分は駄目な人間だと思いますか？」　という問いに対して「とてもそう思う」　と回答した高校生は、米中韓
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<![CDATA[ 　　文部科学省の全国学力・学習状況調査によれば、<br />「自分には良いところがあると思いますか？」　という問いに対して<br />「当てはまる」　と回答した児童生徒は、２年連続、全国・山形県ともに<br />小学生は約30％、中学生は約20％に過ぎませんでした。<br /><br /><br />　　さらに&#12854;日本青少年研究所による日米中韓４カ国の最近の調査では、<br />「自分は駄目な人間だと思いますか？」　という問いに対して<br />「とてもそう思う」　と回答した高校生は、米中韓の３国が３～８％程度だったのに対し、<br />日本は23％でした。「まあそう思う」　という回答まで含めると、<br />日本は65％で断トツの１位だったのです。<br /><br /><br />　　子ども達にとって、自分が良いとか駄目とかの判断基準は<br />どういうものでしょう。<br />試験の成績？　運動能力？　それとも人間性でしょうか？<br /><br /><br />　　これまで日本は、「自分は世界に一人だけの“かけがえのない存在”」　を<br />スローガンに、子ども達の自尊感情や自己肯定感を高め<br />教育を目指してきました。しかし、調査結果を見る限り、成果は十分とは<br />言えないようです。<br /><br /><br />　　考えてみれば、自分が世界に一人しかいないのは当たり前です。<br />それだけで　“かけがえのない存在”　と言われても、子ども達は<br />実感が湧かないのではないでしょうか。むしろ、自らを立派と誇れる気持が<br />芽生えるように導くことこそ、子ども達には大切なような気がします。<br /><br /><br />　　例えば、失敗しても悔しさから立ち上がり、頑張って自分の役割を<br />最後まで果たす勇気と責任。小さき者や弱き者を守り支える正義と優しさ。<br />人に尽くし、決して裏切らない誠実と信頼。そして、卑劣を恥じる清い心。<br />それらを尊い価値として子ども達の心に伝え育み、良き手本を示すことが<br />我々大人の務めであり、子育ての基本であるように思うのです。<br /><br /><br />　　ところが、現実はどうでしょう。人をちゃかして笑いころげるテレビ番組、<br />勝ち組・負け組と煽り騒ぐマスコミ、贈収賄や偽造表示販売に手を染める大人など、<br />悪い手本ばかりが目立ちます。<br /><br /><br />　　「偉い人より、立派な人に」―。<br />これは、中学時代の恩師が卒業式の前日、最後の授業で語ってくれた言葉です。<br />すなわち、<br /><br /><br /> 　「ペーパー学力が優れていても、運動が得意でも、それだけでは立派とは<br />　　言いません。地位や財力があっても、ずるくて人をだます者が立派なはずは<br />　　ありません。立派というのは、心が強く美しいことを指す言葉です。<br />　　偉い人になれとは言いません。立派な人になりなさい」<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００９．５．３０）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2009-05-31T13:51:51+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>必要とされること</title>
<description> 　　大学時代、私は麻雀の誘いを断ることができませんでした。時には、授業をさぼっても付き合いました。もちろん、私が優柔不断だったからではなく、麻雀が好きだったからです。　　別の理由もありました。麻雀は４人そろわないとできません。私が誘いを断ると、残り３人は落胆します。要するに、私は必要とされると、同情して応えてしまう性分だったのです。　　その性分は、実は今も変わりません。講演の依頼や委員の委嘱、妻や
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<![CDATA[ 　　大学時代、私は麻雀の誘いを断ることができませんでした。<br />時には、授業をさぼっても付き合いました。もちろん、私が<br />優柔不断だったからではなく、麻雀が好きだったからです。<br /><br /><br />　　別の理由もありました。麻雀は４人そろわないとできません。<br />私が誘いを断ると、残り３人は落胆します。要するに、私は必要とされると、<br />同情して応えてしまう性分だったのです。<br /><br /><br />　　その性分は、実は今も変わりません。講演の依頼や委員の委嘱、<br />妻や息子、友人からの依頼など、なかなか断ることができません。<br />立場上あるいは能力上、期待には応えられないと判断したもの以外は、<br />結局は受けてしまうのです。<br /><br /><br />　　私は息子たちにも、「必要とされれば、それに応えようとする人間で<br />あって欲しい」　と願っています。必要とされるうちが花ということもありますが、<br />応えて初めて学べることもあれば、それで得られる喜びもあるからです。<br />なにより、人を落胆させることを申し訳なく感じる人間であって欲しいからです。<br /><br /><br />　　中学時代、普段は物静かなのに、急に騒ぎ出したり、てんかん発作を<br />起こしたりする生徒がクラスにいました。部活動も一緒で仲良しだった私は、<br />先生方からの指示もあり、教室では常に彼の隣の席に座りました。<br /><br /><br />　　修学旅行が近づいたある日のこと、私は担任教師から呼ばれ、<br />「彼と２人だけで旅行班を組んで欲しい」　と言われました。<br />しかし、既に班編成は終わっており、旅行先での班別スケジュールも<br />決まっていました。しかも、彼は旅行に参加しないと聞いていたのです。<br /><br /><br />　　「彼が修学旅行に行きたいと言ってきた。彼の親は私が説得する。<br />　　　私と君がいるから大丈夫だと言って」―。<br /><br /><br />先生は私の目を見つめながら、<br />　　「君が断ると、彼は落胆する。彼には君が必要だ。そして君も、<br />　　　彼をクラスの一員として必要として欲しい」　と続け、<br />私に深々と頭を下げたのです。<br /><br /><br />　　思わず　「僕もクラス全員で行きたいです」　と返答した私の脳裏には、<br />少し前の授業で学んだマザー・テレサの言葉が浮かびました。<br /><br />　　<br />　　「この世で最大の不幸は、戦争や貧困ではありません。<br />　　　自分は誰からも必要とされていない―、そう感じることです」<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００９．４．１１）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2009-04-13T21:14:39+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>君が大好きだよ光線</title>
<description> 　　私は小学校時代、若い教師と馬が合いませんでした。　　３年生の時の担任教師は、20代前半の女性でした。「そんな子は嫌いだ」　が口癖で、ひねくれ者の私は特に何度も言われました。さすがに毎日が憂鬱で、成績も１と２ばかりでした。　　ところが、その先生は２学期から産休に入り、代わって40代の女性が担任になりました。不思議なことに、この先生からは叱られた覚えがないのです。毎日が面白くて、笑いが絶えないクラスに
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<![CDATA[ 　　私は小学校時代、若い教師と馬が合いませんでした。<br /><br /><br />　　３年生の時の担任教師は、20代前半の女性でした。<br />「そんな子は嫌いだ」　が口癖で、ひねくれ者の私は特に何度も言われました。<br />さすがに毎日が憂鬱で、成績も１と２ばかりでした。<br /><br /><br />　　ところが、その先生は２学期から産休に入り、代わって40代の女性が<br />担任になりました。不思議なことに、この先生からは叱られた覚えがないのです。<br />毎日が面白くて、笑いが絶えないクラスに一変しました。もちろん授業も楽しくて、<br />成績は４と５だけになりました。<br /><br /><br />　　成績の急上昇に驚いた両親は、先生に何かの間違いではと尋ねました。<br />すると先生は、　「末は博士か大臣か―、この子は楽しみですよ」<br />と言われたそうです。<br /><br /><br />　　さすがに大臣は　“見果てぬ夢”　ですが、32歳で医学博士になりました。<br />予言の半分は的中したのです。<br /><br /><br />　　４年生の時の担任は、20代後半の女性でした。<br />いつも不機嫌そうな顔をしていて、えこひいきが露骨な先生でした。<br />徹底的に反発していた私の成績は、再び１と２だけになりました。<br /><br /><br />　　ところが２学期途中、父の仕事の都合で、私は別の学校に転校したのです。<br />転校先の担任は、50代の女性でした。怒った時は恐かったのですが、普段は<br />「嬉しいよ、立派だよ」が口癖の優しい先生でした。<br />３学期、成績は４と５だけになりました。<br /><br /><br />　　私自身、息子三人を育て上げ、分かったことがあります。それは子どもなら<br />誰でも、「先生を好きになりたい光線」　と　「先生に好かれたい光線」　を<br />懸命に出しているということです。ところが、教師からの　「君は嫌いだ光線」　や、<br />「こうすれば君を好きになってやるよ光線」　を感じると、子どもは反発して<br />「先生なんか嫌いだ光線」　を出し、例外なく道に迷い始めるのです。<br /><br /><br />　　私は、子どもに媚びろと言いたいのではありません。甘やかせとも言いません。<br />毅然とした、厳しい教師でも良いのです。それでも常に、「君が大好きだよ光線」　は<br />出すべきです。それは教師としての最低の責務であり、子どもとの間に絆を作る源です。<br />その絆で、子どもの意欲や性格、成績までもが左右されるのです。<br /><br /><br />　　強い絆さえあれば立派に育つ―、それが子育ての基本だと私は思います。<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００９．２．１４）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2009-02-17T00:17:58+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>心の温かさ・美しさ・強さ</title>
<description> 　　偽りやごまかしが横行し、それで得をしていた卑劣者が次々と露見した一年でした。そういう意味では、昨年の大河ドラマ「篤姫」に世間の人気が集まったことは、誰にとっても慰めだったような気がします。　　年末の三日三晩、その総集編を家族で見ていて、何度も繰り返し出てくる言葉があることに気づきました。それは、「守る・支える・信じる・強」く―、さらには「心・家族・生き方・役割・道・誇り」―などの珠玉の言葉です。
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<![CDATA[ 　　偽りやごまかしが横行し、それで得をしていた卑劣者が次々と露見した<br />一年でした。そういう意味では、昨年の大河ドラマ「篤姫」に世間の人気が<br />集まったことは、誰にとっても慰めだったような気がします。<br /><br /><br />　　年末の三日三晩、その総集編を家族で見ていて、何度も繰り返し<br />出てくる言葉があることに気づきました。<br />それは、「守る・支える・信じる・強」く―、さらには<br />「心・家族・生き方・役割・道・誇り」―などの珠玉の言葉です。<br /><br /><br />なかでも、篤姫を優しくたしなめた母の言葉、<br />　「誇りとは、その人をその人たらしめるもの。<br />　　その人の生き方を支えているもの。　強く生きている人は、<br />　　誇りが傷つけられることはありません」―。<br />その心の温かさ・美しさ・強さに、恐らく誰もが涙したのではないでしょうか。<br /><br /><br />　　番組に流れた音楽も、けなげにして温かく、華麗で清く美しい、<br />そして力強い曲ばかりでした。それは、私の大好きな「Ｄｒ．コトー診療所」の<br />音楽を手がけた天才・吉俣良によるものです。<br />　　商学部卒にもかかわらず、苦学・独学で磨き上げた彼の繊細にして<br />緻密な音楽的感性は、心の温かさ・美しさ・強さの昇華そのものだと思います。<br /><br /><br />　　いずれにしても、そういうテーマが番組の底流にあり、かつ日本人の<br />心の中のＤＮＡ（価値観）に強く響いたからこそ、「篤姫」にあれほどの<br />人気が集まったように思うのです。<br /><br /><br />　　熟年世代の最後の仕事（役割）は、その「心の温かさ・美しさ・強さ」を<br />若い世代に伝え残しておくことのような気がしてなりません。<br /><br />　　熟年にさしかかった我々夫婦も、今後そういう役割を徐々に果たして<br />いくことを誓い合いながら、今宵、静かに新年を迎えました。<br /><br />本年もよろしくお願い申し上げます。<br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2009-01-01T01:42:29+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>先生みたいな人になります</title>
<description> 　　小学校の入学直前、私の右腕は、事故で重度の複雑骨折と神経損傷を負いました。そして、数時間にわたる手術を受けたのです。　　入学後は、電車で隣町の病院へ向かい、リハビリ治療を受ける毎日が続きました。したがって、登校はいつも昼過ぎです。授業らしい授業も受けられません。しかも右腕は使えないので、書いたり操作したりする作業すらできません。当然、すべての教科が不得意で、かつ大嫌いでした。　　そんな私を不憫
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<![CDATA[ 　　小学校の入学直前、私の右腕は、事故で重度の複雑骨折と神経損傷を負いました。<br />そして、数時間にわたる手術を受けたのです。<br /><br /><br />　　入学後は、電車で隣町の病院へ向かい、リハビリ治療を受ける毎日が続きました。<br />したがって、登校はいつも昼過ぎです。授業らしい授業も受けられません。<br />しかも右腕は使えないので、書いたり操作したりする作業すらできません。<br />当然、すべての教科が不得意で、かつ大嫌いでした。<br /><br /><br />　　そんな私を不憫(ふびん)と思っていた両親は、リハビリ治療が終わった３学期、<br />「進級しても苦労するだけだから、１年生をもう一度やらせて欲しい」　と、<br />担任の泉浩先生へ頼みに行ったそうです。<br /><br /><br />　　学年末の終業式の日、私は教室に一人残されました。そして先生から、<br />「１年間、よく頑張りましたね」　と言われ、新品のノートを渡されたのです。<br />表紙には　「２年１組」　とあり、私の名前が書かれていました。<br /><br /><br />　　私は涙が溢(あふ)れてきて、思わず<br />「２年生になってもいいのですか」　と尋ねてしまいました。そして、<br />「僕は字も知らないし、計算も分からないし、運動もできません」　と続けました。<br /><br /><br />　　先生は、「クラスの皆は、君をばかにしていますか？君は学芸会で、一寸法師の<br />長い話を上手に語れました。全校集会の壇上で、校歌を上手に歌えました。<br />毎日の帰りの時間、クラス目標の暗唱係を１年間やり通しました。私は君を、<br />強くて立派な子だと思っています」　と静かに言うのです。<br /><br /><br />　　私は下を向いて黙っていました。すると先生は、私の両肩を抱きかかえ、<br />涙を浮かべて　「君を駄目な子だと誰が言った！」　と叫びました。そして耳元で、<br />「大丈夫―、先生がついている。来年も君の担任だよ。怪我も治ったし、これから<br />字も計算も運動も得意になるよ」　と囁(ささや)いたのでした。<br /><br /><br />　　大人からの価値づけと支えで、子どもは自信と希望を持つのです。<br />その後、少しずつ勉強や運動が好きになり、中学校では学年トップの成績になりました。<br />しかし、そのことを伝える前にく、先生は病気で亡くなってしまったのです。<br /><br /><br />　　高校入試の合格が決まった翌日、私は先生の墓前へ報告に行きました。<br /><br /><br />　　「先生、ありがとうございました。私も先生みたいな人になります―」<br /><br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００８．１１．２９）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-11-30T21:48:16+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>恩師からもらった　「座右の銘」</title>
<description> 　　「少年よ、大志を抱け（Boys, be ambitious）」　は、札幌農学校　（北海道大学の前身）　の初代教頭、ウィリアム・スミス・クラーク博士の言葉として有名です。　　明治10年、博士がアメリカへの帰途の折、同校の職員・生徒らは、札幌から25キロメートル離れた島松まで見送ったそうです。その別れ際、博士が馬上から言い残したのが、この　「少年よ、大志を抱け（Boys, be ambitious）」　という言葉だったと伝えられています
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<![CDATA[ 　　「少年よ、大志を抱け（Boys, be ambitious）」　は、<br />札幌農学校　（北海道大学の前身）　の初代教頭、<br />ウィリアム・スミス・クラーク博士の言葉として有名です。<br /><br /><br />　　明治10年、博士がアメリカへの帰途の折、<br />同校の職員・生徒らは、札幌から25キロメートル離れた島松まで<br />見送ったそうです。その別れ際、博士が馬上から言い残したのが、<br />この　「少年よ、大志を抱け（Boys, be ambitious）」　という言葉だったと<br />伝えられています。<br /><br /><br />　　しかし、この言葉の記録上の初出は、博士の帰国後17年も<br />たってから発行された同校学生誌　「恵林13号」（明治27年）　です。<br />それには、「この老人のように（like this old man）」　という一節が<br />続いていました。<br /><br /><br />　　実は、博士が別れ際に言った言葉としては、他にも幾つかの説が<br />あります。中でも私が好きなのは、<br /><br /><br />　　「少年よ、大志を抱け。お金のためではなく、自分のためでもなく、<br />　　　まして名声のためでもない。人として如何に在るべきか、<br />　　　その道をまっとうするために、少年よ、大志を抱け」　<br /><br /><br />　　“Boys, be ambitious !” <br />　　　　Be ambitious, not for money, <br />　　　　not for selfish aggrandizement, <br />　　　　not for that evanescent thing men call fame. <br />　　　　But be ambitious for attainment of all<br />　　　　that men ought to be. <br /><br /><br />　　これは、私が小学校卒業の折、恩師からいただいた<br />励ましの手紙に書かれていた一節です。<br /><br /><br />　　私なりに調べところ、恩師の手紙に引用されていた言い回しは、<br />昭和39年３月16日の朝日新聞　「天声人語」　で紹介され、<br />以来、世間に知られるようになったようです。<br /><br /><br />　　出典として稲富栄次郎氏の　「明治初期教育思想の研究」(昭和19年)　が<br />あげられていますが、岩波書店の　「教育学辞典」(昭和11年)、<br />同文館の　「教育大辞書・増訂改版」(大正７年)　にも同様な記載があります。<br />最も古い記録としては　「東北帝国大学農科大学略史」（大正３年）　で、<br />当時の同農科大学予科教師ポール・ローランド氏が書いたとされています。<br /><br /><br />　　しかし、ローランド氏による記述は、博士の帰国37年後に書かれたものです。<br />博士を尊敬する彼自身が考えた内容かも知れませんし、当時の言い伝えを<br />そのまま記したのかも知れません。<br /><br /><br />　　いずれにしても、私にとっては恩師からいただいた　「座右の銘」　であり、<br />３人の息子達に伝え残しておきたい名言です。なにより、最近の世相を見るにつけ、<br />今の日本人に最も必要な　「人生訓」　のような気がしてなりません。<br /><br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００８．１０．４）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-10-12T21:31:14+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>命の教育</title>
<description> 　　若い夫婦による乳幼児の虐待、青少年による凶悪事件、学校内での陰湿ないじめなど、そういう昨今の状況もあって、「命の教育」　の大切さが叫ばれています。　　山形県でも、学校現場で　「命の教育」　にどう取り組んでいくか、教育関係者の間で熱心に議論･研究がされているようです。　　私も　「命」　に関する講演や授業を頼まれて、しばしば小中学校へ出かけます。その際、目前の生徒達に必ず、「自宅に仏壇がある人は？
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<![CDATA[ 　　若い夫婦による乳幼児の虐待、青少年による凶悪事件、学校内での陰湿な<br />いじめなど、そういう昨今の状況もあって、「命の教育」　の大切さが叫ばれています。<br />　　山形県でも、学校現場で　「命の教育」　にどう取り組んでいくか、<br />教育関係者の間で熱心に議論･研究がされているようです。<br /><br /><br />　　私も　「命」　に関する講演や授業を頼まれて、しばしば小中学校へ出かけます。<br />その際、目前の生徒達に必ず、「自宅に仏壇がある人は？」　と尋ねています。<br />すると、郡部であろうと山形市内であろうと、どこの学校でも<br />ほとんど全員の生徒が手を挙げてくれます。<br /><br /><br />　　そうです―。山形県は、ほとんどの家庭に仏壇があるのです。<br />そして毎朝、親や祖父母は仏壇の前にすわり、ご飯を供え、お線香をあげ、<br />合掌し、先祖と言葉を交わしているのです。そういう家庭なら、それだけで<br />子ども達に立派な　「命の教育」　をしていると言っても良いでしょう。<br /><br /><br />　　なぜなら、親や祖父母のそういう姿を子ども達が毎日見ていれば、<br />物心がついた頃には自ら仏壇に向かい、手を合わせる子どもに自然と育つはずです。<br />そして、そういう子どもが人の心や身体をむやみに傷つけたり、まして凶悪事件を<br />起こしたりするとは、私には思えないからです。<br /><br /><br />　　だとすれば、学校教育が担うべきは、仏壇の前で毎日合掌する意味や大切さを<br />きちんと教え、「そういう親や祖父母を誇りに思って欲しい」　と、教師が生徒達へ<br />心をこめて伝えてあげることではないでしょうか。すなわち、親や祖父母の<br />そういう姿をきちんと価値づけ、教師の立場から補完してあげることこそ、<br />学校教育の役割だと思うのです。<br /><br /><br />　　家の中に仏壇がある国は、世界中で日本だけでしょう。お盆に家族で墓参りをし、<br />先祖の霊を迎える国も日本だけでしょう。我々日本人は、先祖との関わりの中で<br />生活してきたのです。そういう文化や伝統の背景を説明し、それを日本の誇りとして<br />子ども達に伝えていくことも、大切な　「命の教育」　ではないでしょうか。<br /><br /><br />　　折しも、本日１６日は送り火―。<br />家族全員で、先祖を彼岸に見送りましょう。<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００８．８．１６）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-08-16T22:04:04+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>食事と生活習慣</title>
<description> 　・「ビタミン・ミネラル・食物繊維の不足」　・「インスタント食品・スナック菓子・清涼飲料水の過剰摂取」　・「朝食を摂らないことの弊害」　　これらの原因の１つは、子供達がまだ小さな頃から夜遅くまで起きている、いや、むしろ親が起こしているということではないでしょうか。夜遅くまで起きていれば、スナック菓子や清涼飲料水に手が行くでしょう。当然、朝も早起きできなくなりますから、朝食も十分摂れなくなってしまう
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<![CDATA[ 　・「ビタミン・ミネラル・食物繊維の不足」<br />　・「インスタント食品・スナック菓子・清涼飲料水の過剰摂取」<br />　・「朝食を摂らないことの弊害」<br /><br /><br />　　これらの原因の１つは、子供達がまだ小さな頃から夜遅くまで起きている、<br />いや、むしろ親が起こしているということではないでしょうか。<br />夜遅くまで起きていれば、スナック菓子や清涼飲料水に手が行くでしょう。<br />当然、朝も早起きできなくなりますから、朝食も十分摂れなくなってしまう。<br /><br /><br />　　要するに、共働きの親が多い中、親の生活時間に子供を巻き込んでいる<br />家庭が多過ぎるのではないでしょうか。１０時過ぎに、幼い子供を連れて<br />コンビニに買物をしにくる親の姿を見かけたりすると、私はゾッとします。<br />小学生になるとスポ少に通わせ、帰宅が９時半、寝るのは11時なんていうのは<br />ざらです。そんなふうにして中学生になるわけですから、中学生の平均就寝時間は、<br />昭和45年頃の実態調査と比べると、なんと１時間半以上も遅くなっています。<br /><br /><br />　・「親が子供と楽しむ」<br />　・「子供に好きなことをやらせてあげたい」<br />　・「子供が言うことを聞いてくれない」<br /><br /><br />というような事ばかりが前面に出てきて、<br />「親が子供を守る、その基本は食事と生活習慣なんだ」という大切なことを<br />ナイガシロにしている、或いは、きちんとそれを教わらないまま大人になった<br />親が少なくないように思います。<br /><br /><br />　　せめて、これから大人や親になる子供達には、<br />「親が子供を守る、その基本は食事と生活習慣なんだ」<br />ということを、きちんと教えていきましょう。<br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  <br /> ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-07-24T02:20:19+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>共感意識を育む</title>
<description> 　　「悲しい話には、誰もが悲しいと思う心」―、すなわち　『共感意識』　は、どうすれば身につくのでしょうか。それは例えば、　・異年齢の仲間や地域の大人と関わること―。　・乳幼児の世話をしたり遊ばせたりすること―。　・｢おはよう｣　や　「おやすみ」　を言い交わすこと―。　・家族全員で食卓を囲み、楽しく語らうこと―。　・喧嘩をしても仲直りをして、さらに仲良くなっていくことー。　・仏壇の前で毎日合掌すること―。　
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<![CDATA[ 　　「悲しい話には、誰もが悲しいと思う心」―、すなわち　『共感意識』　は、<br />どうすれば身につくのでしょうか。それは例えば、<br /><br /><br />　・異年齢の仲間や地域の大人と関わること―。<br /><br /><br />　・乳幼児の世話をしたり遊ばせたりすること―。<br /><br /><br />　・｢おはよう｣　や　「おやすみ」　を言い交わすこと―。<br /><br /><br />　・家族全員で食卓を囲み、楽しく語らうこと―。<br /><br /><br />　・喧嘩をしても仲直りをして、さらに仲良くなっていくことー。<br /><br /><br />　・仏壇の前で毎日合掌すること―。<br /><br /><br />　・見舞いや通夜へ行くこと―。<br /><br /><br />　・悲しみや理不尽な思いに耐えること―。<br /><br /><br />　・悲しんでいる人を慰めること―。<br /><br /><br />　・弱い者を助けること―。<br /><br /><br />　・慰められ、助けられた嬉しさを実感すること―。<br /><br /><br />　・絵本や書物を通して、「美しい、楽しい、悲しい、ほほえましい、<br />　　勇気、正義」　などの思いを実感すること―。<br /><br /><br />　・「私もあんなふうに生きたい」　と思えるような人物を、伝記などの<br />　　書物を読んで数多く見出すこと―。<br /><br /><br />　・そして、そういう尊敬できる大人が身の回りに実際にいること―。<br /><br /><br />　・肉や魚、米、野菜などが目の前に運ばれてくるまでに、どれだけの<br />　　苦労や悲しみ・喜びがあったかを学ぶことー。<br /><br /><br />　・日本なら絶対に助かる栄養失調や感染症によって、世界では<br />　　数秒間に一人の割合で子どもが死んでいくという現実を知ること―。<br /><br /><br /><br /><br />　　我々大人は、自分達がまだ子どもだった頃、こういう実体験や実感を<br />繰り返し、価値ある思いや知識を身につけながら、様々な　『共感意識』　を<br />自然に学んできたように思います。<br /><br /><br />　　しかし、今の子ども達はどうでしょう。そういう　「実体験・実感・知識」　の<br />場や機会を、我々大人は子ども達にきちんと提供しているでしょうか。<br />もしかしたら、人間力の土台である　『共感意識』　を身につけないまま大人に<br />なってしまう―、そんなふうに子ども達を育ててはいないでしょうか。<br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  <br /> ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-07-18T22:21:33+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>心の強さ</title>
<description> 　　山形県の子ども達は、「明るい、元気、やさしい、素直、真面目」　です。小中学校で講演や絵本読み語りをしていて、私はしみじみそう思います。その一方、山形県の子ども達に、何か物足りなさを感じているのも事実です。　　物足りないもの―、それは　「強さ」　と言っても良いでしょう。例えば中学生に、「あなたは心が強いと思いますか？」　と尋ねれば、ほとんど全員から「強くない」　という返事が戻ってくるような気がし
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<![CDATA[ 　　山形県の子ども達は、「明るい、元気、やさしい、素直、真面目」　です。小中学校で<br />講演や絵本読み語りをしていて、私はしみじみそう思います。その一方、<br />山形県の子ども達に、何か物足りなさを感じているのも事実です。<br /><br /><br />　　物足りないもの―、それは　「強さ」　と言っても良いでしょう。例えば中学生に、<br />「あなたは心が強いと思いますか？」　と尋ねれば、ほとんど全員から<br />「強くない」　という返事が戻ってくるような気がします。<br /><br /><br />　　強い人間は、陰口を言いません。中傷にも負けません。弱い者を励まし、支えます。<br />困難な状況でも逃げたり、あきらめたりはしないでしょう。なぜなら、<br />「自信と愛と志」　を持っている人間だからです。<br /><br /><br />　　私は小学生の頃から、伝記が好きでした。学校の図書室にあった伝記は、<br />全部読んだと思います。特に一年生の時に読んだ　「野口英世」　は、<br />その後の人生の支えともなりました。<br /><br /><br />　　中学時代は、「三国志」　と　「水滸伝」　に明け暮れました。お気に入りは、もちろん<br />諸葛亮孔明と豹子頭林冲です。以来、愛と信義こそ男の生き方と思うようになりました。<br /><br /><br />　　高校時代は、司馬遼太郎氏の作品に没頭しました。特に　「峠」（新潮社）　の<br />主人公・河井継之助は、私の人生の手本です。誰もが継之助のように<br />「誇りと志を旨とし、美しく生きる」　ことを目指せば、この世に卑劣や憎悪は<br />なくなるでしょう。<br /><br /><br />　　そして五十歳を過ぎた今、マザーテレサや道元禅師を記した書物に涙する日々を<br />過ごしています。<br /><br /><br />　　「明るい、元気、やさしい、素直、真面目」　な山形県の子ども達は、本当に<br />めんこい―。それだけに、「自信と愛と志」　に満ちた若者に成長して欲しいのです。<br />しかし、ゲームやメールに熱中していて、そういう若者になれるはずがありません。<br /><br /><br />　　「自信と愛と志」　は、様々な実体験を重ねながら、手本や目標としたくなる人物に<br />数多く出会い、嬉しいとか悲しいとかの感動をたくさん味わう中で、<br />自然と醸成されてくるものではないでしょうか。<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００８．６．２１）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>未分類</dc:subject>
<dc:date>2008-06-22T01:30:28+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>続：いとおしむ心</title>
<description> 　　『いとおしむ心を育む』　という点では、私自身、息子達に心がけてきたことが、もう一つあります。それは、息子らを病院へ連れて行くということです。　　例えば、私が大学病院に勤務していた頃、入院患者の日曜ベットサイド診療には息子達を何度も付き添わせました。また友人や親戚の見舞いにも、なるべく一緒に連れて行きました。それも、息子らがまだ保育園児や小学校低学年の頃です。　　眼帯をしている人、松葉杖で歩いて
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<![CDATA[ 　　『いとおしむ心を育む』　という点では、私自身、息子達に心がけてきたことが、<br />もう一つあります。それは、息子らを病院へ連れて行くということです。<br /><br /><br />　　例えば、私が大学病院に勤務していた頃、<br />入院患者の日曜ベットサイド診療には息子達を何度も付き添わせました。<br />また友人や親戚の見舞いにも、なるべく一緒に連れて行きました。<br />それも、息子らがまだ保育園児や小学校低学年の頃です。<br /><br /><br />　　眼帯をしている人、松葉杖で歩いている人、車椅子で移動する人、<br />点滴瓶を引っ張って歩いている人、苦しそうにベットで横たわっている人、<br />そして優しく看病する家族の姿、さらには真剣な顔をして懸命に走り回る<br />医師や看護婦の姿を、私は息子達に見せてきました。<br /><br /><br />　　「守らなければならない人が、そこにいる。<br />　　　そして、彼らを必死に慈しみ守っている人もそこにいる」―。<br />小さき者・弱き者に触れた時、自然と湧き出てくる　「いとおしむ心」　は、<br />人間の本能だと思います。<br /><br /><br />　　そういう本能体験を誰もが数多く蓄積して大人になれば、<br />いじめや虐待など、この世からなくなるのではないでしょうか。<br /><br /><br />　　実際、息子達は心の優しい若者に育ってくれました。<br />もちろん、弱者を守る勇気も身につけています。<br />それだけで、私にとっては自慢の息子達です。<br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />   ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-05-14T03:31:58+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>いとおしむ心</title>
<description> 　　自分より幼い子どもと関わり合いを持つことは、『いとおしむ心』　を育てます。現代の子ども達に欠けていることの一つは、まさにその　『いとおしむ心』　ではないでしょうか。　　私達夫婦は、息子らが保育所や小学校低学年にいた頃、彼らに「親戚の赤ん坊を抱かせる、近所や親戚の乳幼児の子守りをさせる」　ということを、かなり意識してやらせてきました。　　言うことを聞かず、思い通りにならない。それでいて徹底的に弱
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<![CDATA[ 　　自分より幼い子どもと関わり合いを持つことは、『いとおしむ心』　を育てます。<br />現代の子ども達に欠けていることの一つは、まさにその　『いとおしむ心』　では<br />ないでしょうか。<br /><br /><br />　　私達夫婦は、息子らが保育所や小学校低学年にいた頃、彼らに<br />「親戚の赤ん坊を抱かせる、近所や親戚の乳幼児の子守りをさせる」　ということを、<br />かなり意識してやらせてきました。<br /><br /><br />　　言うことを聞かず、思い通りにならない。それでいて徹底的に弱く、<br />慈しみ守らなくてはならないのが新生児や乳幼児です。そういう小さき者・弱き者に<br />触れた時、自然と湧き出てくる人間の本能が　「いとおしむ心」　だと思うのです。<br />そういう本能体験を数多く蓄積して大人になることが、今の世の中、<br />何よりも大切なのではないでしょうか。<br /><br /><br />　　最近、赤ん坊を一度も抱いた経験すらないまま、父親・母親になる若者が<br />増えていることが問題になっています。そして、その対策というのを御存知でしょうか。<br />そう―、病院の産婦人科に出かけて、赤ちゃんを抱かせてもらうという<br />「高校生の体験授業」　です。つまり、赤ちゃんを抱くことが高校授業の一環なのです。<br /><br /><br />　　子供達に　 「いとおしむ心」 　を育ててこなかった現代社会は、今まさに、<br />その大きな　『つけ』　を払い始めているように思います。例えば、実の親の手による<br />乳幼児への虐待は後を絶ちません。届出があって判明している数字でも、<br />日本全国で年間およそ３万件もあるのです。<br />それは、都会だけの問題ではありません。この山形県でも、乳幼児の虐待死に<br />関する事件がしばしば報じられています。<br /><br /><br />　　泣いている赤ちゃん・笑っている赤ちゃん・眠っている赤ちゃんを、<br />何度も何度も子ども達に抱かせてあげてください。子ども達に、ぜひ幼い子らと<br />関わる機会を持たせてあげて欲しいのです。<br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />   ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-05-09T21:22:13+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>続：あんなふうに生きたい</title>
<description> 　　かつて、日本人が好む人物像には幾つかの共通点があったように思います。「信義」　も、その一つだったのではないでしょうか。　　例えば、義経に仕えた武蔵坊弁慶―。忠臣蔵で陰の立役者とされる天野屋利兵衛―。そして明治維新の英雄、西郷隆盛―。言うまでもなく、彼らは芝居や講談でも昔から人気者でした。　　山形県に例をとれば、上杉景勝の家臣で、豊臣秀吉や徳川家康からも一目置かれていた直江兼続も、「信義」　に生き
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<![CDATA[ 　　かつて、日本人が好む人物像には幾つかの共通点があったように思います。<br />「信義」　も、その一つだったのではないでしょうか。<br /><br /><br />　　例えば、義経に仕えた武蔵坊弁慶―。<br />忠臣蔵で陰の立役者とされる天野屋利兵衛―。<br />そして明治維新の英雄、西郷隆盛―。<br />言うまでもなく、彼らは芝居や講談でも昔から人気者でした。<br />　　山形県に例をとれば、上杉景勝の家臣で、豊臣秀吉や徳川家康からも<br />一目置かれていた直江兼続も、「信義」　に生きた一人でしょう。<br /><br /><br />　　外国に目をやれば、映画　「ＯＫ牧場の決斗」　で有名な<br />ワイアット・アープを助け続けたドク・ホリデイ―。「三国志」　の中で<br />劉備玄徳を支えた関羽雲長や諸葛亮孔明―なども、<br />私と同世代には大好きな人が多いはずです。<br /><br /><br />　　彼らの数々のエピソードには後世の作話もあるようですが、それですら<br />「何があっても決して裏切らない信義」　を題材にしたものが多いように思います。<br /><br /><br />　　ところが昨今の日本は、どうも勝手が違うようです。<br />人の情けにつけこむ振り込め詐欺―。<br />年老いた者を平気で騙すリフォーム詐欺―。<br />そして脅迫まがいの架空請求―。さらには、問題を起こしても<br />身の処し方が分からず、ごまかした逃げたりする政治家や役人、<br />経営者などがニュースにならない日はありません。<br /><br /><br />　　私は、悲しくなります。そういう人達は、生き方の手本とも言うべき人物を、<br />心の中に持っていないのでしょうか―。<br />「私もあんなふうに生きたい」　と思う人物と、全く出会わないまま<br />大人になってしまったのでしょうか―。<br /><br /><br />　　五十歳を過ぎ、ますます絵本好きになってきた私ですが、相変わらず<br />子ども達に読み語りをする絵本は「義と理と情」をテーマにしたものばかりです。<br />すなわち、<br />　　信義・正義・大義の　「義」、<br />　　道理・論理・理性の　「理」、<br />　　情愛・人情・友情の　「情」―。<br />こうした硬そうなテーマでも、実に分かりやすく感動的に描かれているのが<br />絵本の魅力の一つでしょう。<br /><br /><br />　　涙もろい私は、小学校で読み語りをしていると、すぐに目頭が熱くなって<br />しまいます。でも私は、それで良いと思うのです。五十歳を過ぎたオジサンが、<br />教室で絵本を読んで涙ぐむ姿を見せること―。それは残された人生の中で、<br />私の大切な仕事の一つだとさえ思っています。<br /><br /><br />　　子ども達には、小さき者・弱き者・恩ある者を助け、支え、少なくとも<br />決して裏切らない若者に育って欲しいのです。「義と理と情」　で考え、<br />その上で動けるける大人になって欲しいのです。<br /><br /><br />　「私もあんなふうに生きたい」―。そう思えるような絵本で、これからも<br />子ども達への読み語りを続けていきたいと思います。<br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />   ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-05-05T16:08:20+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>迷える１匹の羊</title>
<description> 　　「迷える１匹の羊と残り４９匹の羊と、どちらを大切にするか？」　　昨年、山形県教育功労賞を受けた川部昌平氏（山形市立第三中学・前校長）　は、　　「迷える１匹の羊を大切にする教師は、残り４９匹も大切にする。　　　逆に迷える１匹を大切にしない教師は、残り４９匹を大切にできない。　　　迷える１匹をどう扱うか、残りの４９匹は注視しているのだ」と述べています。　　この話を聞いて、私は中学時代の　「ある出来
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<![CDATA[ 　　「迷える１匹の羊と残り４９匹の羊と、どちらを大切にするか？」<br /><br /><br />　　昨年、山形県教育功労賞を受けた川部昌平氏<br />（山形市立第三中学・前校長）　は、<br />　　「迷える１匹の羊を大切にする教師は、残り４９匹も大切にする。<br />　　　逆に迷える１匹を大切にしない教師は、残り４９匹を大切にできない。<br />　　　迷える１匹をどう扱うか、残りの４９匹は注視しているのだ」<br />と述べています。<br /><br /><br />　　この話を聞いて、私は中学時代の　「ある出来事」　を思い出しました。<br /><br /><br />　　それは理科の実験中、操作を誤った生徒の目に塩酸が飛入した時の<br />ことです。教師はすぐ水道水で数分間の洗眼をさせた後、<br />「みんな、あとを頼むぞ」　と言い残し、生徒と一緒に眼科医院へ向かって<br />飛び出しました。学級委員は職員室へ報告に行き、自習の指示を受けた<br />我々クラス４９人は、２人の帰りを静かに待ったのです。<br />そして、生徒の目は助かりました。<br /><br /><br />　　眼科医の私からみても、それは最善の対応だったと思います。<br />洗眼後１５分以内に治療しなければ、生徒の目は重篤な後遺症を<br />残したかもしれません。<br /><br /><br />　　ところが、通常の学校安全マニュアルからみると、実は問題が<br />多いのです。例えば、<br />　　保健室へ連れて行かなかった――。<br />　　養護教諭に対応を任せなかった――。<br />　　校長や保護者への連絡が後回しだった――。<br />　　何より、授業を放り出した――。<br /><br /><br />　　予測もしない突然の危機的状況を迎えた時、有能と思われていた<br />リーダーでさえ、しばしば組織の規則や論理を優先させます。<br />そればかりか、自己の立場や利益を守らんがため、<br />「逃げる、ごまかす、誰かのせいにする」　といった政治家や経営者も<br />いたはずです。<br /><br /><br />　　果たして、組織や自己の利害にとらわれず、先頭に立って<br />危機を解決しようとするリーダーは、一体どのくらいいるでしょう。<br />まして、それが　「迷える１匹の羊」　だけの危機だったとしたら、<br />どうでしょう。<br /><br /><br />　　「弱き者、迷える者を救え。そのために全力を尽くせ。<br />　　　それがリーダーだ」<br /><br /><br />　　中学時代、団結力と一体感のあるクラスを築けたのは、<br />その恩師のおかげです。<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００８．５．３）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-05-03T00:31:19+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>地方に人と金を　～別の視点から見たガソリン暫定税率～</title>
<description> 　　ガソリン税の暫定税率が復活します。その一方で、政府は道路特定財源を一般財源化するという方針を打ち出しました。一般財源化して、道路のほかに福祉や医療にも使えるようにするというのが、その狙いだそうです。　　考えてみれば、今のところガソリン税は２５円ほどです。これを道路特定財源にまわせば、（ガソリンという）特定品目に対する　「目的消費税」。一般財源にまわせば、（ガソリンという）特定品目に対する　「一
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<![CDATA[ 　　ガソリン税の暫定税率が復活します。その一方で、政府は<br />道路特定財源を一般財源化するという方針を打ち出しました。<br />一般財源化して、道路のほかに福祉や医療にも使えるように<br />するというのが、その狙いだそうです。<br /><br /><br />　　考えてみれば、今のところガソリン税は２５円ほどです。これを<br />道路特定財源にまわせば、（ガソリンという）特定品目に対する　「目的消費税」。<br />一般財源にまわせば、（ガソリンという）特定品目に対する　「一般消費税」。<br />いずれにしても、ガソリン購入費用の約２０％（！）に相当する<br />とても高率の消費税には違いありません。<br /><br /><br />　　では、ガソリン税の暫定税率が復活して損をするのは誰でしょう？<br /><br /><br />　　例えば、一人当たりの自動車保有台数、一家族当たりの自動車保有台数は、<br />都会よりも地方の方がずっと大きな数字です。<br />　　また、国民にとっての　「生活の足」　は、都会ではもちろん電車やバス、<br />地下鉄でしょう。しかし、地方にとって　「生活の足」　というのは、何と言っても<br />自動車です。自動車がなければ、地方の生活は不便極まりないのです。<br />実際、運送業者を除けば、国民一人当たりの自動車年間走行距離は、<br />地方の方がずっと多いのです。<br /><br /><br />　　こういう視点からみれば、誰にでも容易に分かるでしょう。<br />要するに、ガソリン税をはじめ自動車にかかる税金は、<br />国民一人当たりで言えば、地方に住む者の方がより多く支払っているのです。<br /><br /><br />　　要するに、ガソリン税の暫定税率というのは、<br />「ガソリンという特定品目に対して支払う一人当たりの消費税は、<br />　地方に住む者がより多く支払いなさい」　というのと同じです。<br /><br /><br />　　そういう意味では、地方に住む者にとっては、<br />ガソリン税の総額に相当する分だけ、一般消費税の税率が上がった方が　<br />「マシ」　ということになります。あるいは、ガソリン税の総額分だけ<br />所得税が上がった方が　「マシ」　と言っても良いでしょう。<br />なぜなら、物価や人件費の高い都会の方が、一人当たりが支払う<br />消費税や所得税の金額は高くなるからです。<br />　　その場合、消費税や所得税をより高めに設定した上で、<br />「ガソリン税をはじめ自動車にかかる税金は一切なくし、しかも<br />　ガソリンだけは消費税も免除します」　という方策も追加してくれれば、<br />地方に住む者とっては嬉しい限りです。<br /><br /><br />　　政治とは、どこから税金を集め、それをどこに使うかというシステムです。<br />日本は、他の先進国に比べて法人税が安いことも問題です。<br />もちろん、税金の使い方にも問題があります。<br />しかし今、最も早急に解決すべきは、<br />　　「地方に住む者からより多くの税金を徴収することを極力減らす」<br />ことではないでしょうか。要するに、地方をもっと住みやすくすることです。<br /><br /><br />　　都会を支えているのは地方です。水にしても、食糧にしても、電気にしても、<br />酸素にしても、そして人にしても、地方がつぶれれば都会は機能不全、あるいは<br />麻痺してしまうということを忘れてはなりません。<br />　　ところが今、その肝腎の地方が疲弊し、まさにつぶれかけているのです。<br />だからこそ、都会から地方に　「人と金」　を動かすことが急務なのです。<br /><br /><br />　　地方に住む者がより多く負担しているガソリン税―。<br />そこから地方に回される道路特定財源を、地方自治体は必死なくらい<br />当てにしています。<br />　　山形県に限れば、県や市町村に戻ってくる交付金（道路特定財源）は<br />県民全体が支払うガソリン税よりも３００億円ほど多いはずです。<br />なにしろ山形県は、東京都の１割ほどの人口（１２０万人）です。<br />その程度の優遇交付額でも、やはり必死になるのです。<br /><br /><br />　　しかし、じっくり考えてみましょう。地方字自治体は、<br />地方に住む者が損をするガソリン税の暫定税率などは廃止し、その分の<br />地方交付への財源を消費税・所得税・法人税に求めるべきでしょう。<br />すなわち、都会に住む者がより多く負担する税金こそ、<br />（何にでも使える）一般財源として受け取れるように求めるべきでしょう。<br /><br /><br />　　地方に住む一人一人にとっては、その方がガソリン税を払うよりは<br />「マシ」　なのです。県や市町村に戻ってくる交付金が今と同額なら、<br />県民一人一人が支払う税金も、また県全体が支払う税金も、<br />ずっと少なくてすむのですから。<br /><br /><br />　　私としては、都会から地方に　「人と金」　を動かす―、<br />そういう方向に日本が向かっていくことを切望します。<br />次代を担う子ども達のためにも―。<br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />   ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-04-30T04:20:18+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>『頑張れ』　と言われたら</title>
<description> 　　「 『頑張れ』　と言われたら、なんて答えますか？」酒田市の港南小学校で講演した折、私は児童らに尋ねました。　　すると、「はい」　とか　「頑張ります」　とか　「頑張ってるよ」　といった返事が元気に飛び交う中、最前列の１年生が　「ありがとう」　と呟いたのです。その感性の豊かさに驚くと同時に、私の脳裏には今から２０年ほど前の“Ａ君の泣き顔”　がよみがえりました。　　当時、Ａ君も小学１年生。ぶどう膜炎と
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<![CDATA[ 　　「 『頑張れ』　と言われたら、なんて答えますか？」<br />酒田市の港南小学校で講演した折、私は児童らに尋ねました。<br /><br /><br />　　すると、「はい」　とか　「頑張ります」　とか　「頑張ってるよ」　といった返事が<br />元気に飛び交う中、最前列の１年生が　「ありがとう」　と呟いたのです。<br />その感性の豊かさに驚くと同時に、私の脳裏には今から２０年ほど前の<br />“Ａ君の泣き顔”　がよみがえりました。<br /><br /><br />　　当時、Ａ君も小学１年生。ぶどう膜炎という目の重篤な難病に侵され、<br />大学病院に入院していました。両眼の失明も危惧される状況なだけに、<br />主治医だった私は治療に明け暮れる日々でした。<br /><br /><br />　　ある日、見舞いに来た友達らが帰った後、Ａ君は布団をかぶって<br />泣いていました。同室の患者さんに事情を尋ねると、友達に　「頑張ってね」　と<br />言われた彼は、「これ以上、どう頑張ればいいんだ」　と言い返し、<br />泣き始めたというのです。<br /><br /><br />　　無理もありません。入院して既に３か月。幼い身で親元から離れ、<br />辛い治療に耐えながらも、病状は一進一退を繰り返すだけ―。<br />彼の小さな胸は、不安と恐怖でいっぱいだったのです。<br /><br /><br />　　布団の中で泣いているＡ君に、私は静かに語りかけました。<br />「 『頑張れ』　は、命令語じゃないんだよ」<br /><br /><br />そして、「 『頑張れ』　というのはね、あなたの成功を、あなたの幸せを、<br />　　　　　　あなたの未来を、私は信じ祈っています―。そういう<br />　　　　　　心のこもった　“祈りの言葉”　なんだよ」<br />と続けました。<br /><br /><br />　　すると、それを聞いていた同室の患者さんらが次々と、<br />「Ａ君、頑張れ！」　と涙声で叫び始めたのです。<br /><br /><br />　　ようやく布団から顔を出した彼に、私は優しく尋ねました。<br />「自分のために祈ってくれた人へ、君はどう答えるの？」<br /><br /><br />　　しばらくの沈黙の後、私も彼にそっと、「頑張れ」　と言いました。<br />その時、彼の口から出てきた言葉が　「ありがとう」　だったのです。<br /><br /><br />　　そして、彼は頑張りました。半年以上に及ぶ入院生活を耐え抜き、<br />病気は完治したのです。以来、一度の再発もありません。<br /><br /><br />　　小学１年生という多感な時期に、思いもよらない辛い体験、そして<br />それを見事に克服した体験、何よりも人の情けにいっぱい触れた体験……。<br />学校生活では決して味わえないことを、Ａ君は学んでいるのです。彼はその後、<br />県立山形南高校に進学し、早稲田大学を卒業、今は東京で立派に働いています。<br /><br /><br />　　大学病院の近くを車で通り過ぎる時、私は必ずＡ君の　“あの時の泣き顔”　を<br />思い出し、こう呟くのです。<br /><br /><br />　　「頑張れ」―と。<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００８．３．１５）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-03-15T18:41:57+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>誤解されている学校の仕事</title>
<description> 　　ある会議の席上、年配の医師が次のような発言をされました。　　「食育や生活リズムは家庭の役割、だから親の再教育こそ先決、　　　教師は多忙なのだから本来の仕事だけをさせてあげるべき」　　上記は説得力があるように聞こえますし、実際、学校保健委員会やPTAの会議でも同様な発言をする人は少なくありません。残念なことに、本当に上記のように思いこんでいる教師もいるので、私としては唖然とすることもありますが・・
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<![CDATA[ 　　ある会議の席上、年配の医師が次のような発言をされました。<br /><br /><br />　　「食育や生活リズムは家庭の役割、だから親の再教育こそ先決、<br />　　　教師は多忙なのだから本来の仕事だけをさせてあげるべき」<br /><br /><br />　　上記は説得力があるように聞こえますし、実際、学校保健委員会や<br />PTAの会議でも同様な発言をする人は少なくありません。<br />残念なことに、本当に上記のように思いこんでいる教師もいるので、<br />私としては唖然とすることもありますが・・・。<br /><br /><br />　　言うまでもなく、学校や教師の仕事は　＜学校教育法＞　に記されています。<br /><br /><br />▲＜学校教育法＞<br />第17条　小学校は、心身の発達に応じて、初等普通教育を施すことを目的とする。<br />第18条　小学校における教育については、前条の目的を実現するために、<br />　　　　　　次の各号に掲げる目標の達成に勤めなければならない。<br />　　3．日常生活に必要な衣、食、住、産業等について、基礎的な理解と技能を養うこと。<br />　　7．健康、安全で幸福な生活のために必要な習慣を養い、心身の調和的発達を<br />　　　　図ること。<br /><br /><br />　　すなわち、食育や生活リズムは　（家庭の役割であることも確かですが）、<br />実は学校の主要な仕事なのです。それは上記の通り（１８条３＆７）、<br />法律に明記されています。<br /><br /><br />　　親の再教育が必要という認識が正しいとしたら、今の教頭・校長世代が<br />上記の学校教育法をきちんと守らず、それこそ　「教師本来の仕事」　を<br />おろそかにしていた・・・ということになりますね。<br /><br /><br />実際、<br />　　「食育や生活リズムは家庭の役割で、学校の仕事ではない」<br />と信じているいる人は沢山います。ということは、これまで<br />そういう教育を受けてきた、そういう教育方針で育てられてきた・・・<br />という人が実に多いということでしょう。<br /><br /><br />義務教育は、<br />　　「親になるための教育（親として子どもをきちんと育てられるようにする教育）」<br />と言い換えても過言ではないと思っていますが、世間の認識はかなり違うようです。<br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-02-06T02:23:06+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>本質や基盤が置き去りにされていないか？</title>
<description> 　　昨日のNHK山形で、高畠町立・二井宿小学校における食育の取組が紹介されました。　　番組では、関係者が　「食育教育」　の大切さを色々と解説・強調していましたが、残念ながら心に残る言葉はありませんでした。唯一つ、校長先生の　　「田んぼが喜んでいる、ありがとうって言っているよ」　と子ども達に語り伝えた言葉だけは、本質を突いた素晴らしい一言でした。　　ライフスキル とか コミュニケーションスキル とか アサ
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<![CDATA[ 　　昨日のNHK山形で、高畠町立・二井宿小学校における<br />食育の取組が紹介されました。<br /><br /><br />　　番組では、関係者が　「食育教育」　の大切さを色々と解説・強調して<br />いましたが、残念ながら心に残る言葉はありませんでした。<br />唯一つ、校長先生の<br />　　「田んぼが喜んでいる、ありがとうって言っているよ」　と<br />子ども達に語り伝えた言葉だけは、本質を突いた素晴らしい一言でした。<br /><br /><br />　　ライフスキル とか コミュニケーションスキル とか アサーション とか Ｋ Ｉ 法 とか、<br />教育現場、医療現場、さらに企業においても、何かと言うと　「スキル」　ばやりの<br />昨今ですが、どうも本質や基盤が置き去りにされているような気がしてなりません。<br />その場だけ上手くいったという短期的なエビデンスばかりに満足（自己満足？）し、<br />長期的なエビデンスをきちんと評価していないからです。<br /><br /><br />　　産婦人科医による　「性教育講演授業」　が全国的にも盛んになりつつありますが、<br />残念なことに、その講演授業には愛がない・・・・と揶揄されているそうです。<br />少なくとも、そう実際に憂いている学校教師を多数知っていますし、<br />その講演録やスライド集を見る限り、私も全く同感です。<br /><br /><br />　　愛がない、そして愛を感じない 性教育 など、意味がありません。<br />本質や基盤を置き去りにして　「スキル」　を磨いても、<br />良い結果など出ないということです。<br /><br /><br />　　「禁煙すれば肺癌等が減り、国民総医療費がこれだけ下がります」　という<br />キャッチフレーズにしても、本質を突いたものではありません。なぜなら、<br />喫煙のせいで肺癌で死んでいた人は、そう遠くない将来、別の病気で死ぬからです。<br />その別の分の医療費を無視したキャッチフレーズは、「人は死ぬ」　という本質を<br />無視していると言っても良いでしょう。しかも長生きすれば、その分だけ<br />年金が支払われ続けます。非生産年齢者が増えれば、医療費を含めて<br />社会保障費が上がるのは当然です。<br /><br /><br />　　むしろ、多額の煙草税 （国税・地方税）　を払い続けた喫煙者が、年金受給の<br />直前に肺癌で死に、かつ資産の一部を相続税として（本来より早めに）国庫に<br />入れてくれれば、国は本当に大助かり・・・という図式が成立します。<br />失敬な理屈ではありますが、これもまた本質なのです。<br /><br /><br />　　最近、上記の二井宿小をはじめ、県内各地から講演を依頼されることが<br />多くなりましたが、しばしば　「いじめ」　のことにも触れてくれるようにと言われます。<br /><br /><br />しかし、小中学校の取組を否定するつもりはありませんが―、<br />　　・いじめをするな・・・ではない。<br />　　・人が嫌がることを言うな・・・でもない。<br />　　・人が嫌がることをするな・・・でもない。<br />　　・そして、それらを許さない・・・でもない。<br />　　・まして、他人を尊重して認め合おう・・・でもないのです。<br /><br /><br />そういう事も確かに大切です。大切ではあるけれど、<br />本当に大切なことは、<br /><br /><br />　　仲の良いことの 心地良さ、安心感、嬉しさ、ありがたさー<br /><br /><br />それらを実感すること、実感させてあげること、そして、<br />そういう実体験の場を上手に作り出し、かつ正しく価値付けてあげられる<br />大人（親や教師）が必要だということです。<br /><br /><br />　　夫婦　仲が良いこと。<br />　　家族　仲が良いこと。<br />　　クラスの、職場の、地域の、皆誰しもが仲の良いこと。<br />　　仲良くしよう、仲良くしたいという思いこそ社会の礎です。<br />それこそが、いじめをなくしていくための　基盤であり、土壌であり、本質でしょう。<br /><br /><br />　　「社会の礎とは？」 　と聞かれて、「仲の良いこと」 　と<br />実感をもって答えられる子どもを育てることが教育だと思います。<br />しかし、そう答えられる若者は、果たして今、どのくらいいるでしょう？<br /><br /><br />　　何を教えたか、どう教えたか―よりも、<br />本質をつかんでいる子どもの数が　「教師の力量のバロメーター」　ではないでしょうか。<br /><br /><br />『食育教育』　で言うなら、<br />　　　「田んぼが喜んでいる、ありがとうって言っているよ」　が本質だということです。<br />そして、それを実感できる子ども達を増やすことが教育の成果でしょう。<br />しかし、食育基本法から派生した言葉ばかりを目や耳にしている大人達には、<br />何故その言葉が食育教育の本質なのかすら、恐らくは分からない・・・・・・。<br /><br /><br />　　本質や基盤を置き去りにしたまま、今まさに日本は小手先だけで、<br />かつ強引に進もうとしてはいないでしょうか。<br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-02-03T00:31:11+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>続：豊かな人生</title>
<description> 　　便利な世の中になりました。例えば、お風呂を沸かすのも洗濯をするのも、ボタン一つの操作でできるのです。どこにいても携帯電話で連絡はとれますし、メールのやりとりだって簡単です。行きたい所には、車のナビが案内してくれます。高速道路や新幹線のおかげで、出張も日帰りですむようになりました。好きな映画も、テレビの専用チャンネルやＤＶＤで見ることができます。音楽なら、デジタルオーディオプレーヤーに何千曲も取
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<![CDATA[ 　　便利な世の中になりました。例えば、お風呂を沸かすのも洗濯をするのも、<br />ボタン一つの操作でできるのです。どこにいても携帯電話で連絡はとれますし、<br />メールのやりとりだって簡単です。行きたい所には、車のナビが案内してくれます。<br />高速道路や新幹線のおかげで、出張も日帰りですむようになりました。<br />好きな映画も、テレビの専用チャンネルやＤＶＤで見ることができます。<br />音楽なら、デジタルオーディオプレーヤーに何千曲も取り込めて、いつでもどこでも<br />好きな曲を聴くことができます。パソコンがあれば、プレゼンテーション用の<br />スライド作りから文書の記録・整理・保存まで、実に容易です。知りたいことも、<br />すぐにインターネットで調べられるのです。<br /><br /><br />　　戦後六十年を経て、私達はかつてないほど裕福となり、便利で快適、しかも<br />効率的に、自分のやりたいこと、やらなければならないことができるようになりました。<br /><br /><br />　　では、こうした恩恵に最もあずかっているはずの子ども達は、果たして<br />心が満たされているのでしょうか。<br /><br /><br />　　私は県教育委員会の「いのちの教育」講師として、県内の学校で講演をしています。<br />その講演後にもらった児童生徒の感想文を、幾つか紹介しましょう。<br /><br /><br />　「僕はこれまで、勉強のできることが一番大切だと信じていました」（小学生）。<br />　「学力より思いやりの方が大切だと言う大人に、私は初めて出会いました」（中学生）。<br />　「自信と愛と志のある若者を育てることが学校教育の目的だと聞き、<br />　　嬉しくて涙が出ました」（高校生）。<br /><br /><br />　　読書離れのせいでしょうか。自ら考え、自ら行動する子どもを育てんがために、<br />心をこめて価値や人生を語ろうとしない大人達のせいでしょうか。子ども達の心は、<br />実は本質を求めているはずなのに、決して満たされてはいないのです。<br /><br /><br />　　私の診療所で、「おかげさまで」と答えた女子高生がいます。高齢者から聞くことは<br />あっても、若者から聞くことは滅多にない言葉です。<br /><br /><br />　　彼女は笑顔が素敵で、品のある利発で心優しい娘さんです。一体どう育てれば、<br />こんな素晴らしい若者に成長するのでしょう。いや、育て方より、親の人間性こそ<br />大切なのかも知れません。親が語る価値観や人生観に、子どもは自然と染まってくる<br />ような気がするからです。<br /><br /><br />　　「豊かな人生」とは、経済的に裕福で、便利で快適、効率的な生活をおくる<br />ことでしょうか。少なくとも、それ以上に大切なことがあるはずです。<br /><br /><br />例えば、<br />　　「生き甲斐を持って働き、次代を担う若者を大切にし、老人を敬い、<br />　　　弱き者を助け・支え・守り、真面目に生きている自分にささやかな喜びを感じ、<br />　　　良い家族と仲間、そして郷土に恵まれて私は幸せだ」<br />と思えるような人生でしょう。<br /><br /><br />　　これは、その女子高生の父親から聞いた言葉です。<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００８．１．１９）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2008-01-27T22:17:23+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>富良野塾の閉塾宣言に思う</title>
<description> 　　北海道の富良野市で俳優や脚本家を養成する　「富良野塾」　が、２０１０年に閉塾するそうです。富良野塾は２年間の共同生活で、受講料は無料。夏季は畑仕事を手伝って塾生自らが生活費を稼ぎ出し、冬季は演劇の稽古や集中講義を行なっていると聞いています。　　その富良野塾の主宰者で、『北の国から』　の脚本家として有名な倉本聡氏は、ある雑誌で次のように述べています。　　「年々応募してくる若者の質が低くなってきた
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<![CDATA[ 　　北海道の富良野市で俳優や脚本家を養成する　「富良野塾」　が、<br />２０１０年に閉塾するそうです。富良野塾は２年間の共同生活で、<br />受講料は無料。夏季は畑仕事を手伝って塾生自らが生活費を稼ぎ出し、<br />冬季は演劇の稽古や集中講義を行なっていると聞いています。<br /><br /><br />　　その富良野塾の主宰者で、『北の国から』　の脚本家として有名な<br />倉本聡氏は、ある雑誌で次のように述べています。<br /><br /><br />　　「年々応募してくる若者の質が低くなってきた。<br />　　　この世界に入る覚悟も教養もないまま、<br />　　　受身で教わろうという態度が目立つ」<br /><br /><br />　　富良野塾が閉塾するに至った理由は不明ですが、倉本氏の<br />年齢（１９３５年生まれ）もさることながら、塾生に応募してくる<br />若者の質の低下に嫌気がさしてきたことも一因かも知れません。<br /><br /><br />　　しかし、覚悟も教養もない受身の若者は、なにも彼らだけでは<br />ありません。せっかく就職しても、「自分に合わない職種・職場だから」　など、<br />自分勝手な理由から数ヶ月で離職していく若者なら、沢山いるのです。<br />まさに、覚悟も教養もない受身の若者の典型でしょう。<br /><br /><br />　　小さい頃からモチベーション至上主義で育てられ、かつ<br />自分を磨くことすらせずに社会に出てきた若者が、覚悟や教養がないのは<br />当然でしょう。何でも与えられ、何でも準備してもらい、手取り足取り<br />導かれ、（恐らく勉強くらいしか）自らの達成感を持たない<br />「受身」　の若者が、状況の中で忍耐したり、その状況を自ら切り開いたり<br />できないのは、当たり前ではありませんか。<br /><br /><br />　　苦労させること、困らせること、我慢させること、本を読ませること、<br />闘わせること、悲しがらせること、立ち上がらせること、切り開かせること・・・、<br /><br /><br />　　それらを上手く我が子に体験させることも、私たち親の役割です。<br />なぜなら、そういう親の元で、子ども達は　「自信と愛と志」　を身につけ、<br />社会に出ていけるのです。そして、それこそがまさに<br />富良野塾の日常だったのではないでしょうか。<br /><br /><br />　　富良野塾の２期性に、吉田紀子さんがいます。<br />私の大好きな　『Ｄｒ．コトー診療所』　や　『涙そうそう』　の脚本家です。<br />私は彼女に、その　「自信と愛と志」　を感じます。<br /><br /><br />　　最後に―。<br />あなたの息子さんや娘さんが今まさに社会へ飛び出そうとしている年齢だったら、<br />もう一度じっくり見つめてみてください。<br />果たして、「自信と愛と志」　を感じる若者ですか？<br />感じられれば、それは親としての責任を果たしてきたということでしょう。<br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2007-12-17T22:36:44+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>生きる力</title>
<description> 　　子ども達は、目標や目的がある時に始めて自分の頭で考え、学び始めます。すなわち、どうすれば目標や目的が達成できるかを考え、そのために試行錯誤しながら行動しつつ、学んでゆくのです。「自ら学び自ら考える力」　とは、その結果として得られる　（育つ）　ものです。　　子ども達は、理解できない事や困った事を提示されてはじめて疑問や問題意識を持ち始めます。その解決そのもが目標や目的となることも確かですし、それ
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<![CDATA[ 　　子ども達は、目標や目的がある時に始めて自分の頭で考え、学び始めます。<br />すなわち、どうすれば目標や目的が達成できるかを考え、<br />そのために試行錯誤しながら行動しつつ、学んでゆくのです。<br />「自ら学び自ら考える力」　とは、その結果として得られる　（育つ）　ものです。<br /><br /><br />　　子ども達は、理解できない事や困った事を提示されてはじめて<br />疑問や問題意識を持ち始めます。その解決そのもが目標や目的となることも<br />確かですし、それは学校教育の場ではよく使われる手法です。<br /><br /><br />　　一方、（嫌悪の裏返しも含めて）　「憧れ」　という感情は、<br />もっと大きな　（時には究極的な）　目標や目的となりうることも確かでしょう。<br /><br /><br />　　 例えば、人は　「自分に自信のない人間、愛のない人間、志のない人間」<br />に果たして憧れるでしょうか？　　そういう人間になりたいと思うでしょうか？<br /><br /><br />　 　むしろ、「自分に自信がある、愛がある、志がある」・・・、<br />誰もが憧れるであろう　『そういう自分』　に私もなりたい―。<br />（よほどのへそ曲がりでない限り）　誰しもが、そう思うのではないでしょうか。<br />少なくとも、こうした万人の　「憧れ」　を提示する　（認識させる、考えさせる）<br />ことは、「押し付け」　ではないはずです。<br /><br /><br />　では、勉強ができれば、その　「自信と愛と志」　は身につくのでしょうか？<br />スポーツが得意なら、「自信と愛と志」　は身につくのでしょうか？<br />自ら学び自ら考える力があれば、「自信と愛と志」　は身につくのでしょうか？<br /><br /><br />　　確かに、勉強やスポーツは得意な方が良いでしょう。<br />「自ら学び自ら考える力」　にしても、あった方が良いのは言うまでもありません。<br /><br /><br />　　しかし、いくら勉強やスポーツが得意でも、また<br />いくら　「自ら学び自ら考える力」　があったとしても、<br />　　　不誠実な人間、無責任な人間、信頼されない人間、正義感のない人間、<br />　　　優しさを持たない人間、勇気のない人間<br />で良いのでしょうか？<br /><br /><br />例えば、　「自ら学び自ら考える力」　を<br />　　　汚職・談合・捏造・隠蔽・贈収賄、粉飾決算やインサイダー取引、 <br />　　　タウンミーティングの　「やらせ発言」　、高校の必修科目の履修逃れ<br />に使う人間で良いのでしょうか？<br /><br /><br />　　そんな人間が、自分自身に自信を、愛を、志を、果たして持てるのでしょうか？<br />少なくとも愛は感じませんし、それは間違った愛と言っても良いでしょう。<br /><br /><br />　　要するに、勉強やスポーツがいくら得意でも、また自ら学び自ら考える力が<br />いくらあっても、　「自信と愛と志」　が身につくわけではないのです。<br /><br /><br />　　一方、　「誠実・責任・信頼・正義・やさしさ・勇気」　に満ちた人間なら、<br />自分自身に　「自信と愛と志」　を持てるのではありませんか？<br />　「自信と愛と志」　があれば、人は生きられます。<br />まさしくそれは、　「生きる力」　と言っても良いでしょう。<br /><br /><br />　　子ども達にとって　「生きる力」　とも言える　「自信と愛と志」　は、<br />自らの目標になりうるものだと思います。そして、<br />　「誠実・責任・信頼・正義・やさしさ・勇気」　は、その目標のためには<br />欠かせないものだと思うのです。<br />もちろん、「学力」　や　「体力」　も十分あった方が良いのは言うまでもありません。<br /><br /><br />　　学校教育では、そういう目標をきちんと先ず明示し、<br />その必要性を子ども達に認識させてあげることが、<br />私は何よりも大切だと思うのです。<br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2007-11-24T23:03:02+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>生きる力の象徴？</title>
<description> 　　少し前になりますが、「中教審ゆとり反省」　という記事が先月２８日の読売新聞に掲載されていました。すなわち、　　　「　『生きる力』　の象徴として　『自ら学び自ら考える力の育成』　を　　　掲げたが、子供の自主性を尊重するあまり、指導を躊躇する教師が増えた」　　私は、この記事を読んで愕然としました。　　子ども達にとって、「自ら学び自ら考える力」　は確かに必要でしょう。しかし、それが本当に　「生きる力
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<![CDATA[  　　少し前になりますが、「中教審ゆとり反省」　という記事が<br />先月２８日の読売新聞に掲載されていました。すなわち、<br /><br /><br />　　　「　『生きる力』　の象徴として　『自ら学び自ら考える力の育成』　を<br />　　　掲げたが、子供の自主性を尊重するあまり、指導を躊躇する教師が増えた」<br /><br /><br />　　私は、この記事を読んで愕然としました。<br /><br /><br />　　子ども達にとって、「自ら学び自ら考える力」　は確かに必要でしょう。<br />しかし、それが本当に　「生きる力」　の象徴なのでしょうか？<br />それは　「生きる力」　を身につけるための単なる１つの手段であって、<br />少なくとも象徴であろうはずがありません。<br /><br /><br />　　むしろ、誠実・責任・信頼・正義・やさしさ・勇気　（４S2Y）　こそ、<br />本当の　「生きる力」　でしょう。<br />また、それらの象徴として使う言葉なら、「自信と愛と志」　の方が<br />ずっと相応しいのではないでしょうか？<br /><br /><br />　　この国は、「おかしな方向」　に走り始めているような気がします。<br />文部科学省が本気で　「自ら学び自ら考える力」　を　「生きる力」　と<br />考えているとしたら、私は本当に情けない―。いや、その文部科学省の発表を<br />そのまま平然と載せているマスコミ各紙も、本当に情けない―。<br />そして、その記事を何の疑問も感じずに読み流す学校関係者や保護者こそ、<br />本当に情けない―、私は心からそう思います。<br /><br /><br />　　せめて、心ある者は子ども達にきちんと伝えるべきです。「生きる力」　とは、<br />誠実・責任・信頼・正義・やさしさ・勇気　（４S２Y）　に満ちた　「自信と愛と志」　を<br />指す言葉であるということを―。<br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2007-11-23T17:34:51+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>死ぬ気で頑張ります</title>
<description> 　　高校時代、私は文系を選択しました。得意科目は国語と英語、好きな科目は日本史と政治経済。そして将来の夢は新聞記者だったからです。大学は迷わず文学部へ入り、勉学に励みました。運が良ければ新聞記者になる夢を果たし、今ごろは論説委員として社説を書いていたかもしれません。　　しかし、人生に紆余曲折はつきものです。大学在学中、様々な出会いや体験を繰り返すうち、私は医師を志すようになりました。そうは言っても
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<![CDATA[ 　　高校時代、私は文系を選択しました。得意科目は国語と英語、好きな科目は<br />日本史と政治経済。そして将来の夢は新聞記者だったからです。<br />大学は迷わず文学部へ入り、勉学に励みました。運が良ければ新聞記者になる<br />夢を果たし、今ごろは論説委員として社説を書いていたかもしれません。<br /><br /><br />　　しかし、人生に紆余曲折はつきものです。大学在学中、様々な出会いや体験を<br />繰り返すうち、私は医師を志すようになりました。そうは言っても、高校は文系です。<br />数学Ⅲ・物理Ⅱ・化学Ⅱの３科目は履修していません。医学部を受験する以上、<br />それらを独学で学ばねばなりません。しかも他の科目も含め、かなりの高得点が<br />必要です。<br /><br /><br />　　もちろん、両親は大反対でした。文学部卒業を目前に控え、息子が社会人に<br />なる日を指折り数えて待っていたのですから、反対は当然でしょう。それでも私は<br />説得を繰り返し、最後には思わず　「死ぬ気で頑張ります」―。そう言って、<br />わがままを許してもらいました。<br /><br />　　<br />　　しかし、その時点で受験まで７カ月。睡眠は５時間と決め、入浴と食事の時以外は、<br />まさに死に物ぐるいで勉強しました。その甲斐あって、運よく山形大学医学部に<br />合格したのです。<br /><br /><br />　　若い頃はともかく、人は誰でも年をとれば多少の分別は身につきますし、<br />相応の立場も任されます。それだけに、軽々しく　「死ぬ気で」　などとは<br />言えなくなります。実際、私も両親の説得の時以来、口にしたことはありません。<br />もちろん、人から言われたこともありません。そういう意味では、<br />「死ぬ気で頑張ります」　というのは、大人の世界では死語に近い言葉だと<br />思っていました。<br /><br /><br />　　ところが最近、この言葉に出会ったのです。<br /><br /><br />　　三男は、中学からバレーボールを続けています。高校も運よく強豪高に入学し、<br />朝から晩までバレーに夢中です。そして今回、その監督からの　「保護者だより」　を<br />読んだ時、私の胸に衝撃が走りました。<br /><br /><br />　　そこには、バレーをこよなく愛する言葉―、部員を強く叱咤激励する言葉―、<br />保護者へ心から感謝し、協力を求める言葉―。そして最後に、<br />「私も死ぬ気で頑張ります」　と書かれていたからです。<br /><br /><br />　　４０歳を過ぎた大人が、若者たちの指導に対し　「私も死ぬ気で」　と言うのです。<br />それが彼の生業でもなければ、儲けになるわけでもありません。<br />バレーを愛するがゆえ、若者たちの志と頑張りに報いてやりたいがゆえ、<br />一緒に夢を果たさんがゆえに言うのです。<br /><br /><br />　　誰もが　「一生懸命」　とか　「精一杯」　という言葉で済ますところを、<br />「私も死ぬ気で」　と書かずにいれなかった監督の心情に、私は<br />涙が止まりませんでした。<br /><br /><br />　　「死ぬ気で頑張ります」　とは、「私も」　という言葉と一緒に使われた時、<br />本当の重みと輝きがあることを教わりました。<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００７．１１．３）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2007-11-08T23:09:54+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>続：自信と愛と志</title>
<description> 　　青少年による凶悪事件をニュースで目にするたびに、「この若者は、自分の心に　『自信と愛と志』　を持っているのだろうか」　と、私は悲しい思いでいっぱいになります。　　自分に対する自信－。他者に対する愛－。そして、こんなふうに生きていきたいという志－。この３つさえあれば、間違ったことなどしない。少なくとも、人を殺めることなど絶対にしないと思うのです。そういう意味では、それまで親や教師は、彼と一体どうい
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<![CDATA[ 　　青少年による凶悪事件をニュースで目にするたびに、<br />「この若者は、自分の心に　『自信と愛と志』　を持っているのだろうか」　と、<br />私は悲しい思いでいっぱいになります。<br /><br /><br />　　自分に対する自信－。他者に対する愛－。そして、こんなふうに生きて<br />いきたいという志－。この３つさえあれば、間違ったことなどしない。<br />少なくとも、人を殺めることなど絶対にしないと思うのです。<br />そういう意味では、それまで親や教師は、彼と一体どういう関わり方を<br />してきたのだろうかと、私は強い憤りすら感じてしまいます。<br /><br />　<br />　　第二次大戦後の昭和の時代は、まさに　「経済優先、効率優先、学歴優先」　の<br />世の中だったと言えるでしょう。それは、便利で快適な生活を夢見て、<br />誰もが懸命に働いた時代です。そして、貧しかった暮らしが目に見えて向上し、<br />貪欲に上を目指す風潮がますます勢いづいていった時代でもあります。<br />まさしく、努力して高い学歴を獲得すれば将来の地位と幸福が約束されると、<br />誰しも固く信じていた時代と言ってもよいでしょう。すなわち、学校も家庭も<br />「教える」　ばかりに目がいって、「育てる」　が次第に疎かにされていった<br />時代でもあったのです。<br /><br /><br />　　残念ながら、そうした世の中の流れは平成となった今でも大きく変わって<br />いないような気がします。心配なのは、そうした流れに新たな風潮－、<br />すなわち面倒なことは　「任せる」　とか、自分が　「楽しむ」　とかの風潮が<br />加わってきたように感じることです。「任せる」　にしても　「楽しむ」　にしても<br />悪いことではありませんが、度が過ぎては困ります。言うまでもなく、<br />子育てを他人に任せることはできないし、楽しむ子育てだけで子どもが<br />立派に成長するはずはないのです。<br /><br /><br />　　我が家の三人の息子達も高校・大学に進学し、子育てもやっと<br />一段落の時期を迎えました。もちろん、便利で快適な子育てなどありません。<br />手間もかかったし、面倒なこと、右往左往したことの連続でした。<br />それでも今にして振り返れば、彼らは私達夫婦の人生を充実した楽しいものに<br />してくれたという感謝の思いでいっぱいです。<br /><br /><br />　　息子らの子育てにあたり、私と妻は　「教える」　よりも　「育てる」、「残す」　を<br />大切にしてきました。すなわち、<br />　　「嬉しかったこと、悲しかったこと、怒ったこと、つらかったこと、<br />　　　頑張ったこと、失敗したこと、褒められたこと、叱られたこと、<br />　　　悔しかったこと、恥ずかしかったこと、恐かったこと、<br />　　　感謝したこと、そして感謝されたこと」―。<br /><br /><br />　　そういう数多くの体験や実感を通して、親として時に励まし、時に叱り、<br />時に抱きしめながら、生きていく上で何が大切かを<br />彼らが自ら考え、学び、身につけていけるように心がけてきました。<br /><br /><br />　　言うまでもなく、子育てにマニュアルなどありません。親は誰しも、我が家同様、<br />試行錯誤を繰り返しながら、我が子のために良かれと信じて子育てをするのです。<br />大切なのは、成長した我が子に、親の目から見て　『自信と愛と志』　を感じるか－。<br />すなわち、４Ｓ２Ｙ（誠実・責任・信頼・正義・やさしさ・勇気）を感じるか－。<br />感じられれば、少なくとも間違った子育てはしてこなかったということでしょう。<br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2007-10-05T23:22:29+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>空中分解する国家の大計</title>
<description> 　　安倍首相の突然の退陣によって、「美しい国づくり企画会議」、「教育再生会議」、「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」　など、首相の肝いりで設置された内閣官房直属の会議が空中分解の憂き目にあっています。　　いずれも国家の大計とも言うべきテーマを検討していた会議のはずなのに、国のリーダーが変わったくらいで消滅してしまうのです。この　「いい加減さ」　は、
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<![CDATA[ 　　安倍首相の突然の退陣によって、「美しい国づくり企画会議」、<br />「教育再生会議」、「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」、<br />「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」　など、首相の肝いりで<br />設置された内閣官房直属の会議が空中分解の憂き目にあっています。<br /><br /><br />　　いずれも国家の大計とも言うべきテーマを検討していた会議のはずなのに、<br />国のリーダーが変わったくらいで消滅してしまうのです。<br />この　「いい加減さ」　は、何故でしょう？<br /><br /><br />　　その理由は、誰もが知っているはずです。すなわち、それらの会議は、<br />安倍首相の思惑・方針に合致した意見を持つ委員　（有識者）　ばかりを<br />選んで構成したものだからでしょう。<br /><br /><br />そういう意味では、<br />　　「有識者の専門会議でこういう方策が出されたので、これに沿って政策を進める」<br />という、与党や霞ヶ関を押し切るための　『お墨付き』　交付会議とも言えるでしょう。<br />言い換えれば、時の総理の思惑・方針に合致しない方策など、<br />はじめから出せるはずのない　（結論ありき）　会議なのです。<br /><br /><br />　　小泉内閣の経済財政諮問会議にしても然り―。昨今の医療崩壊や<br />地域格差、生活格差を推し進める危険性などは議論されませんでした。<br />もちろん、それらの対策について十分検討されることもなかったのです。<br />すなわち、今回の参議院選与党敗北の原因は、経済財政諮問会議にもあるのです。<br /><br /><br />　　これでは、巨大プロジェクトを推進したおかげで財政破綻をきたした<br />各地の自治体の議会と同じではありませんか。多くの場合、そこの議会が<br />自治体首長の巨大プロジェクト構想に賛成　（『お墨付き』交付）　したからこそ、<br />その自治体は財政破綻したのです。<br /><br />　　<br />　　少なくとも国家の大計とも言うべきテーマを検討し合う以上、<br />国のリーダーが変わったくらいで消滅してしまうような会議ではなく、<br />時の首相の思惑・方針などによらず、日本そして世界のために<br />大義・正道を結論として出せる会議であって欲しいと思います。<br />そしてまた、それができる委員で会議を構成して欲しいと思うのです。<br /><br /><br />　　次代を担う子ども達に残すべき　「美しい国」　づくりとは、<br />そういうものではないでしょうか？<br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2007-09-23T04:12:10+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>先生は、君達の勇気を一生忘れない</title>
<description> 　　寒河江中部小学校へ絵本の読み語りに行く時、楽しみにしていることがあります。それは、各教室の黒板上方にある学級目標です。「こんな学級にしたい」、「こういう子ども達を目指したい」　という担任教師や児童らの熱い思いが伝わってくるのです。　　例えば、２年３組には　「勇気・やる気・根気・思いやり」　が掲げられています。どれも大切な目標ですが、特に　「勇気」　という言葉を見つけると、私は胸が熱くなってしま
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<![CDATA[ 　　寒河江中部小学校へ絵本の読み語りに行く時、楽しみに<br />していることがあります。それは、各教室の黒板上方にある学級目標です。<br />「こんな学級にしたい」、「こういう子ども達を目指したい」　という<br />担任教師や児童らの熱い思いが伝わってくるのです。<br /><br /><br />　　例えば、２年３組には　「勇気・やる気・根気・思いやり」　が<br />掲げられています。どれも大切な目標ですが、特に　「勇気」　という言葉を<br />見つけると、私は胸が熱くなってしまいます。私の座右の銘も　「勇気」　だからです。<br />実際、これまでの人生で、自分自身に　「勇気」　という言葉を何度も言い聞かせては<br />悩み苦しんだ状況をどうにか脱してきたような気がします。<br /><br /><br /><br /><br />　　中学時代の同級生で、現在、校長をしている女性がいます。<br />数年前の同窓会の折、これまで彼女が中学校で担任してきたクラスの<br />学級目標は、常に　「勇気」　だったと聞きました。<br /><br />　　<br />　　「なぜなら、正義を貫くのも勇気、誠実を守り通すのも勇気、<br />　　　責任を全うするのも勇気、我慢するのも勇気、謝るのだって勇気―。<br />　　　生きていく上で大切なことって、結局は　『勇気』　でしょう」　と言うのです。<br /><br /><br />　　彼女は　「勇気」　の広くて深い意味について、世間や校内で起きた事例を<br />挙げながら、毎日のホームルームで語ったそうです。時に悲しくて涙を浮かべ、<br />時に怒りで語気を荒げ、時に嬉しくて笑顔を振りまきながら、彼女は<br />生徒達へ毎日語り続けたと言います。<br /><br /><br />　　そうしたホームルームの持ち方が、どんなに素晴らしい教育効果を<br />もたらしたか―。例えば、かつての教え子からの年賀状の数は、<br />彼女の同僚教師の比ではないそうです。<br /><br /><br /><br /><br />　　「それは、ずるいな」　と、傍らで聞いていた別の同級生が<br />口をはさみました。<br />　　「そのホームルームは、俺達の恩師の真似じゃないか」―。<br /><br /><br />　　確かに、その通り。<br />私たち３人の中学時代、クラス教室の黒板の上に掲げられていた<br />クラス目標は　「誠実・責任・勇気」　でした。そして担任教師は、<br />毎日のホームルームで、これらの言葉を口にしない日はありませんでした。<br />　クラスで揉めごとがあると、必ずこれらの言葉で私達を叱ってくれました。<br />　クラスで嬉しいことがあると、必ずこれらの言葉で私達と一緒に喜んでくれました。<br />すなわち私たちは、「誠実・責任・勇気」　を常に意識して<br />中学校生活を過ごしていたのです。<br /><br /><br />　　同窓会で口をはさんできた彼は、現在、警察署長をしています。<br />聞けば、彼の仕事上のモットーも　「勇気」　だと言います。<br />捜査で迷った時、間違った時、あきらめかけた時、思い出すのは<br />「勇気」　という言葉だったとか。署長室に掲げてあるのも、<br />有名な書家の筆による　「勇気」　という文字だそうです。<br /><br /><br /><br /><br />　　実は私と女性校長、警察署長の三人には、中学時代、共通の思い出があります。<br />彼女が上級生数名から　「いやがらせ」　を受けた時、止めに入った私と彼は、<br />相手の一人に大きな怪我を負わせてしまったのです。当時の校長からは<br />激しく叱られ、怪我をさせた相手の家へ謝罪に行くよう命じられました。<br /><br />　　<br />　　しかし担任教師は、「絶対に行かない、悪いのは向こうだ」　と<br />校長に歯向かう二人を窘(たしな)めもせず、静かに見つめているだけでした。<br />本当は二人とも、担任教師の思いは痛いほど分かっていたのです。<br />でも、どうしても素直な気持ちになれずにいました。<br /><br /><br />　　そんな時、彼女が　「じゃあ、三人で謝りに行こう」　と声を上げたのです。<br /><br /><br />　　彼女は　「いやがらせ」　を受けた被害者であって、相手に怪我をさせた<br />わけではありません。そんな彼女から言われては、それ以上、<br />駄々をこねることはできなくなりました。<br /><br /><br /><br /><br />　　謝罪から戻ると、担任教師は三人を抱きかかえながら、<br />涙声でこう言いました。<br /><br /><br />　　「学級目標の　『誠実・責任・勇気』　を、よくぞ最後まで貫き通した。<br />　　　何と言っても勇気だ。先生は、君達の勇気を一生忘れない」―。<br /><br /><br /><font color="#0000FF"><span style=font-size:x-small>（この文章は、小生が読売新聞山形県版に連載しているエッセイ<br />　「インク壺」　に掲載（２００７．９．８）したものです。但し、一部改変してあります。）</span></font><br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
<dc:date>2007-09-14T00:28:41+09:00</dc:date>
<dc:creator>　絵本で子育てセンター</dc:creator>
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<title>豊かな人生</title>
<description> 　　便利な世の中になりました。例えば、お風呂を沸かすのも、洗濯をするのも、ボタン1つの操作でできるのです。どこにいても携帯電話で連絡はとれますし、メールのやりとりだって簡単です。行きたい所には、車のナビが案内してくれます。高速道路や新幹線のおかげで、出張も日帰りですむようになりました。映画は、映画館に行かなくても、テレビの専用チャンネルで見ることができます。音楽なら、デジタルオーディオプレーヤーに
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<![CDATA[ 　　便利な世の中になりました。例えば、お風呂を沸かすのも、洗濯を<br />するのも、ボタン1つの操作でできるのです。どこにいても携帯電話で連絡は<br />とれますし、メールのやりとりだって簡単です。行きたい所には、車のナビが<br />案内してくれます。高速道路や新幹線のおかげで、出張も日帰りですむように<br />なりました。映画は、映画館に行かなくても、テレビの専用チャンネルで<br />見ることができます。音楽なら、デジタルオーディオプレーヤーに何千曲も<br />取り込めて、いつでもどこでも好きな曲を聴けるのです。パソコンがあれば、<br />知りたいことはインターネットですぐに調べられます。プレゼンテーション用の<br />スライド作り、文書の記録・整理・保存だって容易にできるのです。<br /><br /><br />　　私達は今、便利で快適、しかも効率的に、自分のやりたいこと、<br />やらなければならないことができるようになりました。では、それで<br />余った時間は一体何に使っているのでしょう。もしかしたら、その<br />余った時間まで自分のやりたい楽しみに使ってしまい、本当に大切なことを<br />ないがしろにしてはいないでしょうか。<br /><br /><br />　　例えば、親が子どもと関わる時間はどうでしょう。子どもを保育所や<br />幼稚園に通わせたり、学童保育に預けたりするのは仕方ないとしても、<br />その分、親子で関わる濃密で豊かな時間を、家庭内できちんと<br />確保しているのでしょうか。<br /><br /><br />　　胸に手を当てて考えて欲しいのです。テレビやビデオ、ゲームなどに<br />子守りを任せている親はいませんか。子育てを楽しむとばかりに、夜遅くまで<br />子どもを寝かせず、ペットのように扱っている親はいませんか。<br />忙しいからと、栄養バランスも考えずに食事を用意している親はいませんか。<br />勉強ができて良い学校に入れなければと、入試のために就学前から塾通いを<br />させている親はいませんか。日本語すらまともに使いこなせない若者が<br />多いのに、乳幼児のうちから英語を学ばせている親はいませんか。<br /><br /><br />　　すなわち、大人の都合や楽しみばかりを優先し、あるいは子どもの<br />将来のためにという理由から、「子どもを立派な人間に育てる」　という視点を<br />おろそかにしている親はいないでしょうか。言い換えれば、<br />「豊かな人生とはどういうものか」　が分からない親が増えてきては<br />いないでしょうか。<br /><br /><br />　　「豊かな人生」とは、経済的に裕福で、便利かつ快適な生活を<br />おくることでしょうか。少なくとも、それ以上に大切なことがあるはずです。<br />例えば、「生き甲斐を持って働き、次代を担う若者を大切にし、老人を敬い、<br />　　　　　　弱き者を助け・支え・守り、真面目に生きている自分に<br />　　　　　　ささやかな喜びを感じ、良い家族と仲間、そして郷土に恵まれて<br />　　　　　　私は幸せだった」<br />と思えるような人生でしょう。<br /><br /><br />　我々大人は自らが手本となり、そういうことを子ども達に<br />きちんと伝えていくべきではないでしょうか。<br /><br /><br /><a href="http://blog.rankingnet.com/b/ranklink.cgi?id=ssss0139"><img src="http://img.rankingnet.com/b/blogranking80.gif" alt="ブログランキング"border="0"></a><br><br /><br /><br /><a href="http://education.blogmura.com/"><img src="http://education.blogmura.com/img/education80_15_lightblue_2.gif" width="80" height="15" border="0" alt="にほんブログ村 教育ブログへ" /></a><br /><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4903607011?ie=UTF8&tag=crawtarocojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4903607011"><strong><font color="#0000FF"><u>出典・推薦図書</u></font></strong>： 大人は伝えているか?</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=crawtarocojp-22&l=as2&o=9&a=4903607011" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />  ]]>
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<dc:subject>教育論</dc:subject>
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